光の化石を調べれば宇宙の様子が分かる

個々の天体からの光でなければ、宇宙にははじめから光があったとしてみましょう。すると、驚くべきことがわかります。宇宙が膨張すると、それによって光の波長が伸ばされます。逆にいえば、現在3度の光は過去には高温だったことになります。宇宙のはじめに高温の光があって、それが膨張によって波長が伸ばされた(温度が冷やされた)と考えられるのです。

宇宙の大きさがゼロだったビッグバンの瞬間を時間のはじまりとすれば、1秒後の光の温度は100億度、100秒後が10億度、1年後が300万度、10万年後が3000度、そして100億年後の現在が3度にまで下がったのです(この光の温度のことを「宇宙の温度」ともいいます。)。

現在はあまりに弱々しいので、1965年までだれもそんな光に気がつかなかったのです。温度が高いということは、エネルギーか大きいということですから、現在観測される弱々しい光も、昔は非常に大きなエネルギーをもっていたことになります。たとえば、温度が3000度のとき(これは宇宙の大きさが現在の1000分の1のときにあたります)にわれわれがいたとすれば、宇宙全体が太陽の表面のように輝いているのを見るでしょう。それどころか、あまりに温度が高すぎて、われわれの体をつくっている原子はすべて蒸発してしまうでしょう。

原子は、原子核とそのまわりを回る電子からできています。このような高温では、電子は光にぶつかって大きくはね飛ばされ、原子核の引力を振りきって自由になってしまいます(原子核は電子の1000倍くらい重いので、このくらいの温度では大きくはね飛ばされることはありません)。物質はもう原子としては存在できないのです。したがってその時期を境にして、物質の構造に大きな変化が起こります。

原子として存在する以前は、原子核と電子がそれぞれ別々に、まったく自由に飛び回り、絶えず光とぶつかっていました。そのころの状態を見ようとしても、光が絶えず物質とぶつかるので、まるで雲のなかのようにまったく見通しがきかないのです。

宇宙が膨張し、温度が3000度に下がってようやく、電子は原子核につかまり原子がつくられました。すると雲がさっと晴れたように、光は何物にもじゃまされずに進めるようになります。いわば、宇宙が晴れ上がったのです。そのときの光が、宇宙膨張によってさらに波長が伸ばされ、温度3度の光として観測されたわけです。

その光は、ビッグバンの10万年後の光の化石といえるでしょう。地質学では化石を調べればいろいろのことがわかります。同じようにこの光を調べると、そのころの宇宙のようすがわかります。たとえば、あらゆる方向からの光の温度がまったく同じであることから、当時の宇宙はのっぺらぼうのように、ほとんどでこぼこかなかったことが推測されるのです。

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— posted by 宇多元 at 11:54 am  

宇宙のはじめに何か起こったか?

「雑音が教えた宇宙のはじめ」では宇宙膨張の発見と、宇宙を満たす光の発見の話をしました。このふたつの発見によって、わたしたちは時間をはるかにさかのぼって、宇宙のはじめのようすを知ることができるのです。ここではその話をしましょう。最初に、光の温度とは何を意味するのか、はっきりさせておきましょう。物体を熱すると赤くなります。それは赤い光が放出されるからです。さらに熱くすると黄色くなり、そして白くなっていきます。熱せられた物体から出てくる光の波長がだんだん短くなり、短くなるにつれ色が変わっていくからです。

ということは、光の色あるいは波長を見れば、それがどんな温度の物体から出たかがわかることになります。この光を放出する物体の温度をもって、「光の温度」ということにします。温度が高い物体から出た光ほど、波長が短くエネルギーか大きくなります。1965年に発見された光の波長は、ちょうど絶対温度3度(氷点下270度)の物体から放出される光の波長と同じだったのです。

では、その光はどんな物体から放出されたのでしょう?この宇宙には、温度(以下、温度の値はすべて絶対温度で測ったものとします)が3度の天体が満ちていて、それから光が放出されているのでしょうか。この解釈は当てはまりません。なぜなら、この光はあらゆる方向からまったく均一にやってくるからです。もし特定の天体からだとすれば、方向によって光に強弱があるはずだからです。したがって光の原因は、個々の天体ではありません。

とすればこの光は、いったいどこからきたのでしょうか。もちろん、われわれの見る自然の光のほとんどは太陽が出しています。太陽表面の温度は6000度なので、それに対応する波長の光が出ています。ここでいう光とは、太陽をはじめとする星の光をすべて消したとしても、残っている光のことです。あらゆる明かりをすべて消しても、宇宙は真っ暗ではないのです。

— posted by 宇多元 at 02:17 pm  

「雑音」が教えた宇宙のはじめ

その事実は、宇宙膨張の発見から三十数年後、まったく偶然のことから発見されました。電話の発明で有名なアメリカの発明家ベルがつくった会社の研究所に勤めていたペンジアスとウィルソンのふたりは、1960年代、衛星通信の研究のため、非常に感度のよいアンテナをつくっていました。

衛星からの微弱な電波を受信するためには、ほかからやってくる電波(これを雑音といいます)を注意深く取り除く必要があります。ほとんどの雑音は原因がはっきりして取り除くことができましたが、最後まで消えない雑音がありました。彼らはアンテナに潜り込み、表面にこびりついた鳩のふんまで落として、雑音の原因を追究しましたが、どうしても消すことができなかっためです。

1965年、原因不明の雑音をくわしく分析した彼らは。それが地球上から出たものではないことを発見しました。というのは、24時間いつも同じ雑音が、アンテナをどの方向に向けてもやってくるからです。もし地球のどこかから放出されている電波なら、一定の方向からやってくるはずです。つまりその雑音は、「宇宙のいたるところからやってくる」と結論せざるをえませんでした。ペンジアスとウィルソンは、何かはわからないが宇宙から非常に重要なメッセージを受け取っている、と確信したのです。

これが宇宙をくまなく満たす、温度にして絶対温度3度(より正確には2.726度。絶対温度3度は氷点下270度、摂氏0度は絶対温度273度に相当します)の電波の発見です。この電波が、じつは宇宙が現在の1000分の1の大きさのときに放出された光であることに気づくには、それほど時間がかかりませんでした。光の温度(エネルギー)は、波長か伸びるにつれて下がっていきます。宇宙膨張によって光の波長も伸ばされるので、光の温度はだんだん下がっていきます。逆にいうと、宇宙の大きさがいまの1000分の1のとき、光の温度はいまの1000倍の絶対温度3000度になるわけです。

くわしくは後で述べますが、温度が3000度に下かって初めて、光は何物にも邪魔されずにまっすぐ進めるようになります。そのときに出た光が宇宙膨張によって冷やされ、100億年のあいだ宇宙を漂った後、ペンジアスとウィルソンによって低温の電波として発見されたのです。ふたりは偶然にこの電波を見つけたのですか、この電波の存在を予言し、検出しようと実験の準備をしていたグループが、すぐそばのプリンストン大学にいたのです。ペンジアスたちからその雑音の話を聞いたグループの無念は、察するにあまりあります。

この発見から13年後の1978年、ペンジアスたちはノーベル賞をもらいました。プリンストン大学のグループより、さらに前の1950年代、ガモフという物理学者がこの電波の存在を予言していたことも、いまではよく知られています。この発見の意義は重大です。宇宙を満たす絶対温度3度の電波の存在から、100億年前の宇宙は灼熱の火の玉状態であり、現在われわれが見るような形で物質は存在できなかったことがわかるのです。

われわれの宇宙は、超高温、超高密度の火の玉状態から大爆発(ビッグバン)してはじまり、膨張するにつれて冷え、現在は絶対温度3度まで冷えた状態なのです。ペンジアスとウィルソンが見つけた電波は、大爆発の名残だったのです。このような宇宙の理論を「ビッグバン理論」といい、彼らか見つけた電波を「宇宙背景輻射」といいます。つぎに、宇宙のはじめにいったい何が起こったのか、ビッグバン理論をもっとくわしくお話ししましょう。思いもかけない大事件が、次々に起こったのです。

— posted by 宇多元 at 12:21 pm  

アインシュタインの誤算

いまから70年前、アメリカのハッブルという天文学者か、奇妙なことに気づきました。当時はようやくアンドロメダ星雲のような天体が、われわれの銀河系のなかではなくはるか彼方にあり、われわれの銀河と同じくらいの大きさであることが知られたばかりでした。というわけで「星雲」ではなく、「アンドロメダ銀河」と呼ぶほうが適当でしょう。

ハッブルは、遠方にある多くの銀河を観測しているうちに、それら銀河のほとんどすべてがわれわれから遠ざかっており、しかもその速さは遠くの銀河ほど大きなことに気づいたのです。四方八方の銀河が遠ざかっていくということは、われわれが宇宙の中心にいることを意味するのでしょうか?

われわれが宇宙の中心にいるというのは優越感をくすぐる考えですが、そんなことはありそうもないと科学者は考えます。ハッブルはこれを「宇宙が膨張しているからだ」と説明しました。銀河自信が運動しているのではなく、銀河と銀河の間の空間が伸びているというのです。そんなことは可能でしょうか?

ハッブルの解釈に複雑な思いを感じたのは、アインシュタインです。彼はハッブルの発見の10年以上も前に、空間が膨張あるいはその反対に収縮する可能性を指摘していました。アインシュタインの一般相対性理論と呼ばれる重力の理論では、物質の存在はそのまわりの空間を曲げ、そればかりか時間までも遅らせるのです。宇宙のなかの物質は全体として、空間を伸ばしたり、縮めたりするのです。アインシュタインは一般相対性理論を宇宙全体に適用し、このことに気づきました。

ところが彼は、「宇宙は不変であり、宇宙にははじめも終わりもない」と固く信じていました。このため今日、「宇宙定数」と呼ばれる重力と釣り合う力を導入し、膨張あるいは収縮を力ずくで止めてしまったのです。ハッブルの発見を知ったとき、アインシュタインは宇宙定数を導入したことを後悔したといいます。じつは、アインシュタインがつくったはじめも終わりもない静かな宇宙は、ちょっとつつくとすぐ膨張あるいは収縮しだすような、きわめて不安定な宇宙であることがわかっています。彼の永遠の宇宙はしょせん、はかない夢だったのです。

宇宙が膨張しているということは、たとえば現在、われわれの銀河から10億光年離れた銀河は、過去の宇宙ではもっと近くにあったことになります。その銀河がどれだけの速さで遠ざかっているのかがわかれば、いつその銀河がわれわれの銀河に重なっていたか、つまり「いつ宇宙がはじまったか」がわかるはずです。そうして出てきた答えが、100億年なのです。遠くの銀河ほど速い速度で遠ざかっているので、すべての銀河はわれわれからの距離に関係なく、100億年前には一点に集まります。

じつは、距離の測定は非常にむずかしく、現在のところ遠くの銀河の距離は正確にはわかりません。一部の研究者は、宇宙年齢はむしろ200億年くらいと主張しています。ここでは100億年ということで話を進めましょう。いうまでもありませんが、われわれの銀河が宇宙の中心に位置しているわけではありません。10億光年先の銀河に住んでいる宇宙人から見ると、われわれの銀河か彼らから遠ざかっているように見えるのです。

要するに、時間をさかのぼればどの銀河同士の間隔もだんだん小さくなっていって、100億年前には間隔がゼロになり、すべての銀河が重なっていたのです。もちろん、その上うな時期には銀河は存在しないので、実際に銀河が100億年前に重なるわけではありません。100億年前、宇宙がどうなっていたのかを知るには、もうひとつの観測事実が必要なのです。

— posted by 宇多元 at 12:33 am  

 

宇宙のはじまりはいつ?「宇宙のはじまりを議論できる観測」とは

昔から人々は、世界のはじまりを漠然と考えてきました。それぞれの文明では、神話で世界のはじまりを論じています。この場合の「世界」とは、われわれが「宇宙」と呼ぶものと考えてよいでしょう。

有名なところでは、旧約聖書の天地創造の話があります。それによると、神がまず「光あれ」といい、天と地をつくったといいます。余談になりますが、ヨーロッパでは中世まで聖書の話は事実だと信じられ、アイルランドのアッシャーという人は、聖書に載っている人々の年を数え上げて、神が世界をつくったのは紀元前4004年だと断言しています。

また、あのニュートンでさえ、天地創造は紀元前3988年といっているのです。当時最高の頭脳でも、時代の束縛から逃れるのはむずかしかったのです。ところで現代のわたしたちは、宇宙のはじまりについてどんなことを知っているのでしょう。本当に宇宙にははじまりがあったのでしょうか?

われわれが昔の人と違うのは、宇宙のはじまりといった日常経験とまったくかけ離れた問題に対しても、宗教ではなく観測に基づいて議論をしていくことです。しかし、「宇宙のはじまりを議論できる観測」とは、いったいどんなものなのか。まずはそこから話をはじめましょう。

— posted by 宇多元 at 12:31 am