「この銘柄が大好きだ」って、銘柄はペットじやないでしょ!

長いこと株式投資をやっていると、信じられないほど値段が上がっていることがあります。R夫妻の場合、リサのお父さんから相続した時点では、A社の株価は800円に過ぎなかったのに「A社の株式は、お父さんの形見みたいなものだから」と考え、27年間も手つかずでいたところ、何と8,300円にもなっていたのです。

今では、A社の株式はR夫妻の金融財産の95%を占めています。こうなると、A社の株式は単なる有価証券ではありません。まさしく「父の形見」であったり「我が家の家宝」になってきます。そして、こんな投資体験をしてしまったものだから、R夫妻はA社の株式が大好きで仮に生活費が苦しくてもA社の株式だけは絶対に売ろうとしません。

R夫妻曰く「生前の父は、夕食の前に新聞の株式欄を眺めながら、おっ、A社の株価が上がっているなぁと教えてくれたものよ。要するにA社の株式って私か幼いころの家族の思い出の一部なの。A社の株式を売るなんて、そんなことをしたら父がお墓をひっくり返して激怒するはずよ!」と感情が入りすぎて客観視できなくなっています。このような状態になるとかなり危険です。なぜなら、株式市場というのは上がったり下がったりするものだからです。実際、この夫妻にもそのときがやってきました。

2008年9月にリーマンショックが起こったのです。そこから2009年3月までには平均株価が42%も暴落していきましたが、A社の株価も2,755円まで下落し、ご夫妻の金融財産は36%しかなくなってしまったのです。すでに、ご夫妻は定年退職を迎えていたものの「A社の株式があるから、大丈夫!」と高を括っていたため、贅沢三昧の生活を続け、退職金も底をついた状態でした。さらに運の悪いことは続きました。リーマンショックの4ヶ月後、夫が大怪我をして長期間入院をすることになったのです。そこで2,755円付近まで暴落した最中に、とうとうA社の株式を売ることになりました。

夫の病室へ着替えを届けにきた妻は、溜息をつきながら呟きました。「少しだけでも株を売って現金に換えておけば、こんなに安値で叩き売りをしなくても、良かったのにねえ…」長年持ち続けた株式だからって、投資はペットを飼うのとは違うのです。株券にブラシをかけて大切に育てたつもりでも、いきなり枯れちゃうときだってあるのです。

旬の投資を収穫するには、いろいろな資産を揃えるしかない

R夫妻のように、特定の株式だけに”愛着”を持っている人は、結構いらっしゃるものです。たとえば、エンジニアをしていると「ハイテク株」にしか興味がなかったり、一昔前の「鉄は国家なり」という言葉が好きで「鉄鋼株」ばかりを買っているというケースです。しかも、30~40年も前から投資をはじめていた場合には「以前、猛烈に儲かった」という実体験があるために、ますます愛着が沸いてくるという次第です。そして、こういう方々というのは、資産運用とはハイテク株や鉄鋼株を買うことであると勘違いをしがちなのです。

ところが、こうした偏った資産を持っているとR夫妻が経験したように「いざ換金しようとしたら値下がりしてしまって、売るに売れない」という事態を招きます。そして、R夫妻が経験したような、お金が必要なときに投資から換金して確保するという意味以外にも全体のリスクを小さくするという意味で、いろいろな「資産」を持っておくことが大切です。資産の種類には「現金」「株式」「債券」「海外」「不動産」「天然資源」「貴金属」などがありますが、おのおのに旬の時期があって収穫の時期が異なります。

たとえば、リーマンショック後の半年間では「株式」が42%暴落する一方で、ゴールドなどの「貴金属」の値段が14%上がったように、どれかが下がっている一方で、どれかが上がっているものなのです。そこで、いろいろな「資産」を持っていれば「値下がりした資産」を「値上がりした資産」で中和する形で全体的な変動を小さくできますし、換金する際には「値上がりした資産」を売却すれば問題がありません。このようにいろいろな「資産」を持つことを分散投資と呼びます。

R夫妻やハイテク株の愛好家に欠けていたのは資産の偏りを矯正する分散投資だったわけです。「株式」というたった1つの資産しかもっていなかったために「株式」の旬の時期が過ぎたとき値下がりに直撃され、売るに売れない状況に陥ったというわけです。

3万円の「積立投資」はやがて分散投資へ脱皮する

退職金のように、まとまった資金を「一括投資」する際には、いろいろな資産を揃えて分散投資することになります。本文のように、1つの資産に偏っていては投資を換金する際に暴落に見舞われれば、数十年間の投資期間が水泡に帰すかもしれません。

それだけでなくアメリカの投資革命によれば「いくつかの資産を一緒に持つと、別々に持っているよりも、全体のリスクが小さくなる」ということが分かっています。たとえば、次のような「株式」と「債券」を半分ずつ持っていた場合、単純に計算すれば、全体の「投資リスク」を示すシグマ(=標準偏差)は、50%×20%+50%×3%=11.5%となるはずですが、実際には全体の「投資リスク」は11.5%以下になるということなのです。

このことはアメリカで同時多発テロが起きた2001年9月から翌年にかけて、株式市場は大暴落しましたが、同じ期間に債券の値段が5%近くも上昇していたように異なる資産が異なる値動きをしてお互いを相殺し合うために性質の異なる資産を一緒に持つと全体の変動が小さくなったことからも分かります。つまり「一括投資」では、たくさんの種類の資産を利用した”分散投資”を行えば全体の「投資リスク」を小さくすることができるのです。

そして、資産の種類とは国内と海外の株式と債券の4つの他に、不動産、天然資源、貴金属、派生商品、預金と全部で9種類になりますが、不動産、天然資源、貴金属に関しては、それらを保有している会社の「株式」や、それらに連動する「債券」を集めた投資信託を利用することで投資信託だけで”分散投資‘を完成させることができるのです(派生商品は投資信託の仕組みとして、すでに利用されています)。

なお、これまで説明してきた「積立投資」の場合にも、ある時期を過ぎれば分散投資が必要になってきます。たとえば毎月3万円で同じ株式投資信託を買い続けていくと、はじめのころは「値段が安いときには、たくさんの数量を買って、値段が高いときには、少ない量しか買わない」という形で「ドルコスト平均法」の効果が斯待できます。

しかし、たとえば10年後に投資金額が360万円になった時点で3万円分だけを安く買ったところで、全体の「買い単価」はほとんど下がらなくなっています。しかも、そこまで買い続けてきたのは同じ株式投資信託なので投資金額の360万円が「株式」というたった1つの資産に偏った状態になっています。そこで「積立投資」がある程度の”塊”になった段階で「株式」に偏った状態から、いろいろな資産へ分散投資してやることが大切になります。

過去5年間の「リターン」と「シグマ」を持つ「株式投資信託」と「債権投資信託」を半分ずつ保有する場合、「全体のリターン」と「全体のシグマ」は、それぞれ「リターン」と「シグマ」に「割合」を反映させた加重平均になるはずです。しかし「全体のシグマ」に関しては加重平均以下になるということが、アメリカと牛革命によって発見されたのです。

— posted by 宇多元 at 04:28 pm  

住宅ローンを恐れると、家を失う可能性があります

家やマンションは、何千万円もしますから、「はい、これ代金ね!」といった具合に現金一括払いで買う人は珍しく、頭金だけ支払って、残りは住宅ローンを利用することが普通です。ただし、住宅ローンを使うと当然金利を支払うことになります。たとえば、800万円の頭金と3,000万円の住宅ローンを使い、平均的な3,800万円のマンションを買うとします。「金利3%、毎月い11万5,000円を返済し、35年間で完済する」という条件では、35年間で総額1849万円もの金利を支払うことになるのです。

36歳のAさんの場合には「金利として支払う額を少しでも減らしてやろう」と、頭金と月額返済額を増やす計画を立てました。その計画とは、①「頭金」を大きくすれば、住宅ローンが減る、②月額返済額を大きくすれば、住宅ローンを早く完済できる、というものです。そこで、1,050万円の「頭金」を積んで、住宅ローンを2,750万円としました。さらに月額返済額を15万3,000円、20年間で完済する設定とし、全部で910万円の金利で済ませることになったのです。

こうして、Aさんは金利を抑えることに成功しましたが、250万円も余分に頭金を積んだので「貯金」は一切ありません。また、毎月4万円近くも余分に月額返済に回したので、新たに貯金をすることもできませんでした。このような状況が1年続いた後、なんとAさんは失業することになってしまいました。失業保険は、給料の50~80%しかもらえないので、15万3,000円の月額返済が払えなくなりました。貯金があれば何とかなるはずですが、頭金を大きく積んだので、蓄えはまったくありません。そのために、Aさんは、マンションを失うことになりました。

仮に、頭金に250万円を追加せずに、月額返済を11万5,000円に抑えておけば、Aさんには300万円近い貯金があったはずです。1年間の失業ならば、十分に乗り切れたはずだったのですが、金利を節約しようとした結果、マンションを失ってしまったのです。誰だって、借金なんて大嫌いですし、金利なんて払いたくありません。でも、住宅ローンを嫌って、多額の頭金や追加の月額返済をしてしまうと、不慮の事態に備えた貯金がなくなってしまいます。金利を節約しても、生活費がなければ生きていけないですからね。

豊かな将来の秘訣は住宅ローンの扱い方にある

住宅ローンが嫌だからと言って、Aさんのように頭金を大きくとって、くり上げ返済をする人がいますが、貯金が空になってしまうため、失業や病気といった不慮の事態になると家を失うことが多いものなのです。住宅ローンを嫌ったために住宅を失うとは、皮肉なことですよね。このために、住宅の基本戦略というのは「小さな頭金」+「大きなローン」ということになります。もっとも、これには前提条件があります。それは、年収に対するローン支払額を15~20%までに自制して「購入価格を年収の5倍以下にする」というものです。

以前は、住宅金融公庫を利用すると。20%の頭金と80%の住宅ローンで、年収の5倍の住宅を買うというのがお決まりでした。しかし、最近の住宅金融支援機構では「10%の頭金と90%の住宅ローンで、年収の6倍以上の住宅を買う」ということができるようになりました。そこで、購入価格を自制する必要があるのです。

また、失業や病気といった不慮の事態への備えとは別に、住宅の基本戦略が「小さな頭金」+「大きなローン」となる理由は、大学費用や老後費用を用意するためでもあるのです。大学費用は物価以上に上昇する可能性がありますし、老後費用は寿命の延びや生活費の上昇によって加算される可能性があるため、これからの時代には大学と老後の準備には「投資」が必要になります。

投資で成功するためには、投資期間を長く取ることが必要です。「大学」の準備には、子どもが生まれてから、最長で18年間の投資期間を利用できますし「老後」の準備には、30歳ではじめれば30年間、定年後も続ければ、さらに20年間の投資期間を利用できます。でも、Aさんのように「住宅ローン」の返済ばかりに集中してしまうと、住宅ローンを完済した時点では「大学」の投資準備ができなくなるばかりか、「老後」の投資準備は、大幅に投資期間を削られてしまいます。

結局、不慮の事態に備えながら、「住宅」を手に入れて、しかも「大学」と「老後」の準備を行うためには、「住宅」の基本戦略は「小さな頭金」+「大きなローン」になるということなのです。理科の時間に「昆虫の目は、複眼になっている」って習いますが、「住宅」「大学」「老後」について「複眼で見ましょう」なんてことまでは、教えてくれなかったかもしれませんね。

大学・住宅・老後は、三位一体で考える

住宅ローンの金利支払い総額を減らすためには、①大きな「頭金」を積む、②追加の「月額返済」を行う方法が考えられます。仮に3%の固定金利の住宅ローンを利用して、3,800万円のマンションを買う場合「頭金」を800万円、「月額返済額」を11万5,000円、「返済期間」を35年間とすれば、金利支払い総額は1,849万円ですが「頭金」を1,050万円、「月額返済額」を15万3,000円、「返済期間」を20年間とすれば、金利支払い総額は910万円となります。

しかし、金利支払い総額を減らすために、たとえば10年間で706万円を銀行へ追加返済してしまえば、失業時には手元資金が枯渇して生活費がなくなり、住宅ローンが支払えなくなります。また、住宅ローンを完済してからでは「大学」への投資期間は失われ「老後」への投資は退職金を貰ってからということになります。したがって「住宅」の戦略は、適正な購入価格を査定したら、小さな「頭金」十大きな「住宅ローン」が基本となりますし、「住宅」の戦略のありようが、すべての家計管理に影響を与えるのです。

— posted by 宇多元 at 05:45 pm  

まずヘリウムがつくられた

宇宙のもっと昔はどうなっていたのでしょう。さらにさかのぽり、どんどん温度が上がっていくと、原子核ですら存在できなくなります。原子核をつくっている陽子と中性子を結びつけている力は「強い核力」と呼ばれ、電子と原子核を結びつける電気力よりはるかに強いことが知られています。そのため原子核は、原子が壊れるような高温でも存在できるのです。

しかし、温度が100億度くらいになると、光のエネルギーは原子核すら壊してしまいます。ビッグバンから1秒後の温度が100億度ですから、それ以前に原子核は存在せず、陽子、中性子、そして電子が自由に飛び交い、ひんぱんに光とぶつかっていたのです。もっと時間をさかのぼってみましょう。現在の素粒子論では、陽子や中性子は素粒子(これ以上分割できないという基本粒子)ではなく、「クォーク」と呼ばれる基本粒子が3個集まってできたものとされています。クォーク同士を結びつけている力は「強い力」と呼ばれ、原子核を結びつけていた強い核力の原因になっている力です。

ビッグバンから10万分の1秒後、温度が1兆度になると、陽子、中性子が壊れ、それらをつくっていたクォークが自由に飛び回るようになります。このように、宇宙のはじめは物質が何の構造物もつくらず、バラバラの素粒子として存在していたのです。したがって、さらに初期のころを知るには、素粒子論の知識が必要になってきます。

クォーク同士が結びついて陽子や中性子ができたころから、順を追ってみましょう。ビッグバンから1秒後、温度が100億度くらいになると、陽子と中性子のエネルギーはお互いの強い力を振りきれず、原子核をつくり出します。いちばん単純で安定な原子核は、陽子一個からなる水素の原子核を除けば、陽子2個と中性子2個からなるヘリウム原子核です。

星の内部でも、同じように陽子と中性子が融合してヘリウム原子核がつくられま
す。しかし、宇宙のはじめと星のなかでは状況が違います。星のなかでは、陽子と中性子の合計4個から、たった一個のヘリウム原子核かつくられるので、圧力に寄与する粒子の数が減り、中心のヘリウム原子核からできた領域が、その重力のため収縮します。すると温度が上がって、ヘリウム原子核同士が融合する反応が起こり、さらに複雑な原子核をつくっていきます。

宇宙のはじめでも、このような核反応が進んで、多くの種類の原子核がつくられたのでしょうか。そうではありません。宇宙のはじめは星の中心のように超高温ですが、星の場合と逆に、宇宙膨張のためにだんだん温度が下がっていきます。したがってヘリウム原子核の生成に引きつづいて起こるはずの核反応が起こらず、元素の合成はビッグバンの3分後に、基本的にはヘリウムをつくるだけで終わってしまいます。

つくられるヘリウムの量は、陽子と中性子の割合で決まり、重量比で全体の23パーセント前後と計算されています。残りのほとんどは陽子です(全体として物質は電気的に中性であるので、電子の数は陽子と同じだけあるのですが、電子は陽子の1000分の1と軽いので、重量にするとほとんど無視できます)。ちなみに、炭素や酸素などわれわれの体をつくっているもっと複雑な原子核は、星のなかやそれが爆発するときにつくられたものであり、宇宙の時間スケールではごく最近のできごとです。

自由に飛び交っていた陽子とヘリウム原子核は、ビッグバンから10万年後、宇宙の温度が3000度に下がったとき、電子をつかまえて中性の水素原子、ヘリウム原子になることができたのです。それと同時に、宇宙が晴れ上がりました。その後、物質の小さなゆらぎから最初の天体ができ、現在見られるような宇宙の構造ができていくのです。最初にできた天体か何であるかは、いまのところ定説はありません。銀河あるいは銀河団、超銀河団かもしれません。また、巨大な星という研究者もいます。

— posted by 宇多元 at 05:03 pm  

光の化石を調べれば宇宙の様子が分かる

個々の天体からの光でなければ、宇宙にははじめから光があったとしてみましょう。すると、驚くべきことがわかります。宇宙が膨張すると、それによって光の波長が伸ばされます。逆にいえば、現在3度の光は過去には高温だったことになります。宇宙のはじめに高温の光があって、それが膨張によって波長が伸ばされた(温度が冷やされた)と考えられるのです。

宇宙の大きさがゼロだったビッグバンの瞬間を時間のはじまりとすれば、1秒後の光の温度は100億度、100秒後が10億度、1年後が300万度、10万年後が3000度、そして100億年後の現在が3度にまで下がったのです(この光の温度のことを「宇宙の温度」ともいいます。)。

現在はあまりに弱々しいので、1965年までだれもそんな光に気がつかなかったのです。温度が高いということは、エネルギーか大きいということですから、現在観測される弱々しい光も、昔は非常に大きなエネルギーをもっていたことになります。たとえば、温度が3000度のとき(これは宇宙の大きさが現在の1000分の1のときにあたります)にわれわれがいたとすれば、宇宙全体が太陽の表面のように輝いているのを見るでしょう。それどころか、あまりに温度が高すぎて、われわれの体をつくっている原子はすべて蒸発してしまうでしょう。

原子は、原子核とそのまわりを回る電子からできています。このような高温では、電子は光にぶつかって大きくはね飛ばされ、原子核の引力を振りきって自由になってしまいます(原子核は電子の1000倍くらい重いので、このくらいの温度では大きくはね飛ばされることはありません)。物質はもう原子としては存在できないのです。したがってその時期を境にして、物質の構造に大きな変化が起こります。

原子として存在する以前は、原子核と電子がそれぞれ別々に、まったく自由に飛び回り、絶えず光とぶつかっていました。そのころの状態を見ようとしても、光が絶えず物質とぶつかるので、まるで雲のなかのようにまったく見通しがきかないのです。

宇宙が膨張し、温度が3000度に下がってようやく、電子は原子核につかまり原子がつくられました。すると雲がさっと晴れたように、光は何物にもじゃまされずに進めるようになります。いわば、宇宙が晴れ上がったのです。そのときの光が、宇宙膨張によってさらに波長が伸ばされ、温度3度の光として観測されたわけです。

その光は、ビッグバンの10万年後の光の化石といえるでしょう。地質学では化石を調べればいろいろのことがわかります。同じようにこの光を調べると、そのころの宇宙のようすがわかります。たとえば、あらゆる方向からの光の温度がまったく同じであることから、当時の宇宙はのっぺらぼうのように、ほとんどでこぼこかなかったことが推測されるのです。

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— posted by 宇多元 at 11:54 am  

宇宙のはじめに何か起こったか?

「雑音が教えた宇宙のはじめ」では宇宙膨張の発見と、宇宙を満たす光の発見の話をしました。このふたつの発見によって、わたしたちは時間をはるかにさかのぼって、宇宙のはじめのようすを知ることができるのです。ここではその話をしましょう。最初に、光の温度とは何を意味するのか、はっきりさせておきましょう。物体を熱すると赤くなります。それは赤い光が放出されるからです。さらに熱くすると黄色くなり、そして白くなっていきます。熱せられた物体から出てくる光の波長がだんだん短くなり、短くなるにつれ色が変わっていくからです。

ということは、光の色あるいは波長を見れば、それがどんな温度の物体から出たかがわかることになります。この光を放出する物体の温度をもって、「光の温度」ということにします。温度が高い物体から出た光ほど、波長が短くエネルギーか大きくなります。1965年に発見された光の波長は、ちょうど絶対温度3度(氷点下270度)の物体から放出される光の波長と同じだったのです。

では、その光はどんな物体から放出されたのでしょう?この宇宙には、温度(以下、温度の値はすべて絶対温度で測ったものとします)が3度の天体が満ちていて、それから光が放出されているのでしょうか。この解釈は当てはまりません。なぜなら、この光はあらゆる方向からまったく均一にやってくるからです。もし特定の天体からだとすれば、方向によって光に強弱があるはずだからです。したがって光の原因は、個々の天体ではありません。

とすればこの光は、いったいどこからきたのでしょうか。もちろん、われわれの見る自然の光のほとんどは太陽が出しています。太陽表面の温度は6000度なので、それに対応する波長の光が出ています。ここでいう光とは、太陽をはじめとする星の光をすべて消したとしても、残っている光のことです。あらゆる明かりをすべて消しても、宇宙は真っ暗ではないのです。

— posted by 宇多元 at 02:17 pm